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これはジョシュアの誕生日を祝うべくHursaが制作した(一応)オリジナルの小説です(上のタイトルロゴをクリックするとBGMが流れます)。
一つのクエストを元にして、ジョシュアがロングソード・グッドナイトから受け取ったアーティファクトを使用するまでの、プロローグとChapter0との空白の期間を埋める話になるよう書きました。
不要と思われる流れは出来る限り削ったつもりですが、それでも段落が四つになってしまっております。
PCでご覧いただくには少々長いかもしれませんが、メンテの間のお暇つぶしにでもご利用いただければ幸いです。

追記。
TWの原作小説『ルーンの子供たち DEMONIC』の日本版完結記念に短編を一つ書きました。
そちらは原作の設定に基づくマックス・カルディの未来の話です。
もし原作をご存知の方がいらっしゃったら、良ければそちらもご覧下さい。ここから飛べます。   Hursa
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道端の老人

 潮騒とカモメの鳴き声が時折聞こえる明るい港町には少々似つかわしくない表情で、一人の少年があてもなくぶらぶらと歩いていた。日の光を浴びて雪のようにきらきらと輝く髪を、潮気まじりの風がなでていく。普段はその光にも負けないほど好奇心に満ちてきらめいている真珠のような黒い瞳は、どこか憂鬱そうなかげりを見せていた。気分を晴らそうと様々な店が並ぶフリーマーケットに足を運んでみたが、立派な鎧や珍しい装飾品を目にしても、彼の心にかかった雲は一向にその場から立ち去る様子もない。
 少年は一つため息をついて、華やかな喧騒のあふれる市場に背を向けた。そして、自分の気持ちを暗くしている原因に目を向ける。小さな旅行用の鞄の中に入っている、白い仮面。ハーレクインマスクと呼ばれるアーティファクト――彼の運命を決定づけるもの。
 しかし彼は、押し付けられた運命に容易く甘んじるつもりはなかった。
「誰かに背中を押されて舞台に上がるつもりはない」
 それが、少年の『運命』を鼻歌まじりによこした道化師に彼が返した言葉だ。そしてその時の気持ちは今も変わらない。ならば仮面のことなど忘れてしまうか――いっそ捨ててしまっても良かったはずだった。それをしなかったのは、その仮面が他でもない、自分のための物だと彼には判っていたから。
 捨てるつもりはない。だが、かぶるつもりもまた、今の彼にはなかった。
「まだ結論を出すには早すぎる。あの道化師も言っていた、まだ時間はある、と。それならオレは、オレの出番を待とう。時がくればオレの立つべき場所が判るはず。演じるべき役も、つけるべき仮面も」
 少年は自分を納得させるかのようにそう呟き、フリーマーケットを抜けて古い住宅や小さな一般商店の並ぶうらぶれた通りへと入っていく――と、ふいに道端から彼に声をかける者があった。
「そこな少年、道に迷ったのかね?」
 しわがれた、しかしどこか英知を感じさせる老人の声だ。
 少年が振り返ると、腰を曲げ、白い石畳の上に座り込んでいる老女の姿が目に映る。
「少年、この街はとても広い。道もたくさんある。だが、すべての道が同じところにつながっているわけではない。少年よ、お前は自分の行きたいと思うところへつながる道を選ばなければならない」
「ジョシュアです」
 少年、と何度も呼ばれたことが癪に障ったのか、話をそらすようにして彼――ジョシュアは短く名乗った。ついで、「あなたは誰です?」と訝るように眉を寄せてみせる。
 その問いに老人は声をたてずに笑って、「ナステ」と答えた。
「ただのお節介なおばあさんさ。お前が道に迷っていたようだったから」
「オレは道に迷ったわけではありません」
 ジョシュアはそう言ってから、少し表情を和らげた。気が晴れないために愛想のない態度になっていたことに気がついたのだ。
「だから、どうかお気遣いなく」
 そう言って気さくに笑ってみせる。
 しかし、ナステと名乗った老女は再び声もなく笑うと、痩せた手を伸ばし、目の前の道を指差して言った。
「それなら行くべき道を見失ったのかい。ここに道があるのに、お前には見えないのかね」
 ジョシュアはナステの指し示す方を一瞥し、それから顔を老女の方に戻すと、小さく肩をすくめてみせた。
「道はちゃんと見えていますよ」
「では、踏み出すための何かがないのだね」
 ナステは手を下ろし、首をかしげるようにしてジョシュアを見上げる。それにジョシュアは何も答えず、ただ、彼女が今見えている目の前の道のことを言っているのではないのだと内心気がついた。
 まるでその結論が耳に届いたとでもいうようにナステは一つ頷くと、「選ぶべき道が判っているならあとは簡単なことだ」と独り言のように言う。
「必要なのはきっかけ。お前は機会をうかがっている。選ぶべき時を。しかし、それをつかめずにいる。難しく考えることはない。どんな大きな物事も、きっかけというのは決まってささいなことだから」
 ナステはそう言うと、告げるべきことはすべて話したとばかりにジョシュアから視線をはずし、沈黙の中に腰を下ろしてしまった。
 ジョシュアは何か答えようかと思ったが、相応しい言葉が見つからない。そこで結局何も言わないまま、軽く会釈だけ返してその場を立ち去った。
 しかし、気分は未だ晴れない。ジョシュアは街を少し歩き、やがて派手な看板が目を引く高級そうな酒場へと入っていった。
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マグノリアワイン

「ここマグノリアワインの一番の売りは、なんと言っても踊り子のショーです。港町は何日も――時には何週間、何ヶ月、何年も娯楽の限られた船の上で過ごしてきたお客さんや船乗りが一斉に降り立つところ。海の上に慣れてしまった彼らは足下が揺れないことに一抹の寂しさを覚えて、自分の足をふらつかせるためにお酒を求め、その一方で動かない地面に立った喜びをかみしめて、船にはないお楽しみを存分に味わおうとここへやってくるのです」
 そう言って化粧の濃い、しかしそのふっくらした顔つきがどこか愛嬌のある女――デビがぱちりと片目をつぶってみせる。彼女の隣の席に座っていたジョシュアは、なるほど、というように混みあった店内を見渡して頷いた。船が着いたばかりなのか、まだ日も高いというのにさまざまな国籍の人々が陽気に酒を酌み交わしている。
「でも、たくさんのお客さんの中でもあなたほど見栄えのする人はそうそういないでしょう。あなたにならお酒の席だけじゃなく、ショーの席だってプレゼントしてもいいくらいです」
 見た目によらず丁寧な口調で機嫌よくそんなことを言ったデビの言葉の通り、店に入ったもののほとんどの席が埋まってしまっていたため入り口で立ち尽くしてしまったジョシュアを、彼女が手招きで自分の席へと招待したのだ。デビは店で『もぎり嬢』をしているが、彼女が忙しくなるのはショーの時なので、普段はその席を指定席としているらしい。
 店内にはもう一人、常連の客で指定席を持っている者がいたが、彼は誰の同席も望まなかったし誰も彼と同席したいとは思わないらしく、そこだけがぽつりと穴が開いたように静かだった。
「すっかり落ち込んでしまって……」
 一人で酒をあおっている件の常連客に目を向けて、デビがそっとため息をつくように呟いた。
「入り口の傍の席にいる男の人。踊り子のファンでショーを楽しみにしているんですが、今メインの踊り子が病気でショーが中止になっているんです。だから最近はずっとあんな調子なんですよ。もちろん私たちも心配しています。でも、一番つらいのは病人であるあの子でしょう」
「医者に診てもらったんですか?」
 ジョシュアが訊くと、デビは沈鬱な面持ちで力なく首を左右に振ってみせる。
「あまりにも苦しそうで、とても医者のところまでやれないのです。この近隣で有名なライディアのアイゾウム先生に症状を伝えて、薬だけでももらえたらと思ってはいるんですけれど、店の者は私も含め他の街まで出て行くわけにはいかなくて……」
 そう言ったところでデビは、ふと何かに思い至ったかのように何事か考える仕種をしたあと、心持ちジョシュアの方へ身を乗り出して「こんなことをあなたにお願いするのはご迷惑かもしれませんけど」と暗い、しかし切実な表情で切り出した。
「私の代わりにライディアへ行って、アイゾウム先生に薬を処方してきてはもらえないでしょうか?」
「オレがですか?」
 話に耳を傾けていながらもどこか心ここにあらずといった調子でぼんやりとしていたジョシュアは、思いもよらなかったデビの頼みに驚いた顔で相手を見返した。それに彼女は真摯な面持ちで何度も頷き、お願します、と言葉を重ねる。その様子は病気だという踊り子の身を心から案じているようで、むげに断ることなどできそうにもなかった。もちろん、ジョシュアも差し迫った用事があるわけではなく、従って否と答える理由もなかったから、
「判りました。これからすぐに行ってきますので、症状を教えてください」
 と言って音もなくすっと立ち上がった。それにデビは悲鳴とも歓声ともつかない声をあげる。ついで早口に踊り子の病状や見ていて気づいたことを順に挙げ始めた。
「症状としてはそれくらいですけれど……何かに書いた方が良かったかしら?」
 思いつく限りの症状を言い終えてから、デビは我に返ったようにそう言ったが、ジョシュアは小さく首を振り、底にまだ少し牛乳の残っているグラスの横に料金を置いて踵を返した。
「全部覚えたので結構です。それでは、しばらく待っていてください」
 そんな彼の背にデビが明るい声で礼の言葉をぱっと投げかけた。
「ああ、本当に感謝いたします!」
「その言葉は無事にショーが再開された時に」
 ジョシュアはそう言って一度振り返り、笑顔を見せると、足早に店を後にした。
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心に効く薬

 ジョシュアが今いるナルビクのような港町や、主要な街にはワープポイントと呼ばれる物が設置されている。大陸に点在する主要都市を短時間でめぐることのできる転移装置で、移動先は限られているものの、途中の長い道のりや危険な地帯を避けることが可能なため、利用者は多い。大樹の上に存在する樹の街ライディアにもワープポイントが設置されており、ナルビクから歩いて行くことは可能だったが、時間の短縮を考え、ジョシュアはワープポイントを使用することにして旅人たちでごったがえす利用者の列に加わった。
 すぐに薬を処方してもらえれば、一時間とかからない旅のはずだ。
 ワープポイントに立つと視界が暗転し、まばたきをするほどの短い闇を経て、閉じていたまぶたを開く時のように緑にあふれた景色が眼前に広がる。
 名高い『アイゾウム』の家は人に訊くとすぐに判った。これで薬がすぐにできれば何の問題もなかったのだが、順調だったのはそこまで――というのも、ジョシュアはアイゾウムの口から思わぬ言葉を聞かされることになったのだ。
「おそらくそれは心の病です」
 青い髪が穏やかな印象を与える青年――アイゾウムはジョシュアの伝えた踊り子の病状を聞いて表情を曇らせながら、申し訳なさそうに両手を広げてみせる。
「わたしで力になれることがあれば良かったのですが……きっと龍泉郷の仙術の方が役に立つでしょう。月兒(ウォラ)という薬師を訪ねてください」
 そう言ってアイゾウムは、月兒のいる薬屋の大体の位置を教えてくれた。ジョシュアはそれを頭の中で略地図にしながら、「薬師、ですか」と耳慣れない語を呟く。
「医者とは違うんですか?」
「薬師は……医者の一種のようなものです。今回のようなことについてはそちらの方が適任でしょう。龍泉郷にもワープポイントがあるので、それを使えばさほど時間はかかりません」
「判りました、ありがとうございます」
 専門家のすすめには素直に従っておくべきだろうと判断し、ジョシュアは礼儀正しく謝辞を述べてアイゾウムの家をあとにした。しかし、思ったよりも厄介なことになった、と内心考える。身体の病には身体に良い薬を服用すればいいだろうが、はたして心の病に効く薬というものが存在するのか、存在するとしてもどのように心に服用するのか、ジョシュアには見当もつかない。適任だという月兒がその答えを持っていることを祈りながら、彼は再びワープポイントに立つ他なかった。

 月兒の営む店は龍泉郷の名所とも言うべき大きな釣堀を越え、橋を渡った先にある。街の景観はいかにも異国風で、人々の服装も大いに興味を惹き、ジョシュアも時間さえあればぜひとも観光したいと思ったことだろう。もちろんそれが今叶わないことは承知していたが、そのどこか神秘的な街の雰囲気は、確かに心を穏やかにし、心の病への処方箋を求めるジョシュアの望みも叶うのではないかと思われた。
 そして事実、月兒はその薬を処方してくれたのである。もっとも、治療薬ではなかったが。
 ジョシュアがアイゾウムに告げたのと同じ踊り子の病状をそのまま薬師の前でくり返すと、彼女――龍泉郷の薬師・月兒は女性だった――は『気を吹きこむ』という薬をジョシュアに渡し、こう告げた。
「それは元気を取り戻す力があります。でも、病気を治す力はありません。原因を取りのぞかない限り、その病は治らないでしょう」
「原因を取りのぞく方法はあるんですか?」
「あります」
 ジョシュアの問いに月兒は短く答え、先を促すような少年の視線を受けて再び口を開いた。
「休暇をとって故郷に帰ることです。お話から察するに、その心の病はホームシックでしょう。人は生まれ育った故郷を思い、懐かしむものです。しかし時に、長く住んだ地を離れるとそこが恋しくなり、懐かしのあまり心を病みます。踊り子さんの故郷は知りませんが、きっと彼女の思い出の中ではとても温かく穏やかな場所として心に刻まれているに違いありません」
「ホームシック……」
 月兒の言葉をぼんやりとくり返し、ジョシュアは受け取った薬に視線を落とした。そんな彼に月兒は、
「あなたにはもうお判りでしょう。心を治すのは薬ではありません。大切なのはこんな薬ではなく人の心です。心の病は自分で、心で治すしかないのです。私の薬はその手助けをするだけ。でも、懐かしい山や川に触れれば、もやで覆われた心も晴れ、心も身体も明るくなるでしょう。きっと良くなりますよ」
 と言って、最後に微笑んでみせた。ジョシュアもそれに頷きで応える。
「それでは、回復が見えたら伝えに来ます」
 ジョシュアはそう告げて月兒に見送られ店を出ると、そのままナルビクへと引き返した。
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運命の岐路

 マグノリアワインのデビに薬を届け、月兒の言った通り踊り子の帰郷をすすめると、間もなく彼女が一時的に休暇を取り、故郷へ帰ったという知らせがジョシュアの耳に入った。そのことを伝えてきたデビは、件の踊り子のことを妹のように思ってきたのに、ホームシックであることに気づいてやれなかったと嘆いていたが、帰郷が決まって少なからず彼女は元気を取り戻したようだったから、じきに良くなるだろう、とも言ってほっとした表情を見せた。
 そんなデビからショーを再開するので来てほしいという招待状が届いたのは、ジョシュアが踊り子の帰郷を月兒に知らせてからわずか半月後のことである。
「もういいんですか?」
 驚きの色を隠しきれず、店にやってくるなりそう口を切ったジョシュアに、デビは「すっかり」と言ってにこやかに笑った。
「私も最初はもっとゆっくりしていいのよ、とすすめたのですが、あの子は『ここが私の舞台だから』と言ったんです。踊り子になることを目指して故郷を出て、彼女はここでその夢を実現しました。でも、夢は実現したらそれで終わりとは限りません。彼女のさらなる夢は、このマグノリアワインの踊り子であり続けること。舞台に立ち続けることです。『故郷を離れるのはつらいけれど、私は私の人生の舞台をここと決めたから、ここで踊っていたいの。それ以外の人生を私は選ばないし、選べない、選びたくない』そう言っていました」
 デビはどこか誇らしげな口調で『妹』の言葉をそっくり真似すると、半ば呆然とそれを聞いていたジョシュアの肩を軽く叩き、「だからもう大丈夫です」と片目をつむってみせた。
「今日のショーは特別素敵なものになりますよ」

 それから間もなくデビは仕事に入り、やがてショーが始まったが、ジョシュアが案内されたのは正面最前列の特等席だった。きっとデビが気を利かせてくれたのだろう。ジョシュアも舞台に立つ俳優としてこの店のショーには関心があったので、それは嬉しい心遣いだった。
 ショーの内容は、踊り子たちが長くしなやかな足を放り出し、スカートの裾を巧妙に振るといういささか不健全なものではあったが、音楽は軽快で明るく、踊り子たちも自分の足ではなく、その類まれなる運動能力を生かした軽やかな踊りを見せることに誇りを持っているらしいことがうかがえる。中でもメインとして中央で踊っている踊り子は誰よりも精力的で、輝いて見えた。
 だが、それは当然のことだろう。この舞台こそ、彼女が自分の立つべき場所と決めた、彼女の人生のあるべき場所なのだから。
「踊り子サマー!」
 ジョシュアと同じ最前列でそんな黄色い歓声をあげたのは、以前一人で酒をあおっていた踊り子のファンだという変わり者の男だった。しきりに踊り子に向かって手を振る彼の表情は、この上なく幸せそうに見える。それを目の当たりにして微笑むジョシュアも、長らく続いていた暗い気持ちが晴れたように思えた。
 望まれた者が、また自身も望む舞台に立つということは、これほど人の心を動かすものなのだろうか。
 優れた俳優でありながら、ジョシュアは今になって改めてそんなことを考える。自分はどうなのだろうか、と彼は心の内に問いかけるようにわずかに目を伏せた。
「オレの立つべき舞台は? ……ある。用意されている。オレが立つことを望む者は? ……少なくともあの道化師はそれを望んでいた。では、オレ自身は? オレは……」
 思考が精神の奥へと入り込み、半ば意識が現実から遠のいていたジョシュアは、ふいに響いたばちん、という破裂音にも似た鋭い雑音と、曲の途中で唐突に途切れた音楽がひきずる張り詰めた静寂に、はっと我に返った。目を見開き、舞台を見ると、弦楽器を演奏していた男が青い顔で立ちすくんでいる。彼の手の中の楽器は、弦が一本切れてしまっていた。
 それに気づいたジョシュアは反射的に、猫のように機敏な動作で舞台に駆け上がると、さっきまで流れていたのとまったく同じ音楽を口笛で吹き始めた。間には手拍子を入れ、靴のかかとで舞台を軽やかに蹴る。つられて他の楽器が演奏を再開すると、ジョシュアは弦楽器を抱えたまま未だ放心している男に両手を差し出した。貸してくれ、という意思表示だ。男は訳も判らぬままに楽器をその手にゆだねた。それを受け取り、ジョシュアが一本少なくなった弦で、少しばかり異国風にアレンジされたメロディを奏でると、踊り子たちもそのリズムに合わせてくるくると舞い始める。観客の間に再び笑顔と歓声が戻った。
 曲のクライマックスでは小さな花火が打ち上げられ、店の高い天井付近で鮮やかな光を飛ばす。その輝きの中で踊り子たちは人生の舞台を夢のように軽やかに跳ね回り、気まずい沈黙を生んだ事故などなかったかのように観客たちの不安を拭い去って、ジョシュアの加わった即興のショーは大成功で幕を下ろした。
「すごいわ、あなた!」
「あなたもここで一緒に舞台に立たない?」
 踊り子たちと共に舞台裏に入ったジョシュアは、口々に女たちからそんなことを言われて抱擁と口付けの嵐に見舞われた。楽器を演奏していた者たちも「若いのに大した腕だ」と褒め称え、頷きあっている。弦楽器を担当していた男でさえ、「私よりもずっといい」と、羨望と嫉妬の混じる口調で評したほどだ。
 しかし、女たちの手から何とか逃れたジョシュアは、笑顔で首を振ると、
「残念ながらオレの立つべき舞台はここではありません」
 そう言って弦の切れた楽器を本来の持ち主に返し、自分の胸に手を当てて、舞台の中央で踊っていた踊り子に視線を向けた。そして、俳優らしいよく通る声ではっきりと言葉を紡ぐ。
「あなたが自分の舞台をここだと決めたように、オレもオレの立つべき舞台を選ばなければなりません。ここのショーは最高ですが、オレには相応しくないでしょう。ここに立つべきはあなた方であり、彼です」
 そこでジョシュアは弦楽器の奏者を手で示してみせる。
「今まで共にこのショーを作ってきた皆さんの舞台です。オレが立つべき場所ではない。だからオレは、オレの舞台に立つことにします」
 ジョシュアはそう言ってじっと彼に注目している一同を見渡すと、「皆さんの人生の舞台とオレの舞台が重なることがあれば、またお会いできるでしょう。その時はこのジョシュア・フォン・アルニム、最高の演技を披露いたします」と澄んだ声音で挨拶を口にし、優雅に腰を折ってお辞儀をすると、そのまま振り向くことなく、舞台裏の控え室にひっそりと設けられた裏口から出ていってしまった。誰にも止めるどころか、声をかけることさえ叶わない。それほど堂々とした、観客の待つ舞台に向かう俳優のような確信と自信に満ちた足取りだった。

 夜のナルビクの街は、昼間の明るくのどかな雰囲気とはうってかわって静かで、どこか幻想的な空気に包まれている。ジョシュアは以前道端で声をかけてきた老女を探したが、夜の闇のせいか、それとも時間が遅いためか、その小さな姿は見つけられなかった。
 もうすぐ日付が変わろうとしている。
「難しく考えることはない。どんな大きな物事も、きっかけというのは決まってささいなことだから」
 そんな老女の言葉がふとジョシュアの脳裏によみがえった。
 彼は小さな旅行用の鞄から白い仮面を取り出し、そのなめらかな表面にじっと目を凝らす。それからやがてぽつりと、誰に言うでもなく呟くように言った。
「いいだろう。あなたは、あなた以外にも観客がいるらしいことをオレにほのめかした。オレの出番を待つ者がいるなら、オレはその舞台に立つ他ない。オレの代わりは、きっと誰にも務められはしないだろうから。たとえそれが不愉快なものであったとしても、今ならオレはそれを受け入れよう」
 ジョシュアは手の中の仮面を持ち上げて月明かりの下でそれを顔の前にかざし、少し皮肉っぽい笑みを浮かべてさらに呟いた。
「昨日では早すぎる――さりとて明日では遅すぎだ。今を選ぶ理由としてはちょっと退屈すぎるかもしれないが、きっかけというのはささいなことらしいから、まあ、いいだろう」
 そうして、仮面を静かに顔に押し当てる。
 二月二十八日は、ジョシュア・フォン・アルニムが彼自身の人生の舞台に初めて降り立った日。それから十八年後の今日、同じこの日に、彼が演じるもう一人の『道化師』が生まれたのだった。

Fin. clap?
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▼コメント
チャプター版の小説(ジョシュアのみ)を書いているHursaです。はじめまして。
先に書きました通り、この短編はプロローグとChapter0の間を埋めるオリジナルの話です。
仮面をつけない、ときっぱり言っていたジョシュアが何故それをつける気になったのか。
その心境の変化をわたしなりに解釈して書いてみました。
とはいえ一応チャプター版の小説サイトと銘打っているので、話の大筋はゲームにある話を基にしています。
もうお判りでしょうが、ナルビクのクエスト「マグノリア入場券」です。その後半部分を使わせていただきました。
各NPCのせりふには多少手を加えさせていただいております。竹筒を集めるという面倒な部分も割愛させていただきました。
それから、ジョシュアのイメージがぶち壊しだったらすみません。
自己満足で書いた話ですが、そんな物でも他に少しでも楽しんで下さる方がいらっしゃれば至上の喜びです。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。お疲れ様でした。
そして最後になったけど、ジョシュア誕生日おめでとう。あなたの舞台に祝福を。
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