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これはチャプター1でジョシュアがエルティボを訪れている時の状況をもとに制作したオリジナルのとても短い短編小説です。
厳密な時間設定はしていませんが、広場にいるの芸人二人の練習の合間にあった話、というつもりで書きました。現段階でチャプター0の小説化が完了していないので、話が飛んでしまっています。申し訳ありません。どうしてもジョシュアのこの精神状態の時にやりたかったので、フライングをしてしまいました。(できればマギカルディに会ってからやりたかったのですが、どうもそれは無理そうだったので……)
チャプターのストーリーを知らなくても支障のない話にしたつもりですが、半ば勢いで書いたので配慮が足りなかったらすみません……。
言い訳めいた前置きが長くなりましたが、ジョシュアと、ある人のためのクリスマス・ストーリー、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。   Hursa
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 港町エルティボの夜は、遅くまで酒場の明かりが白い雪の上に明るい光を落としているにもかかわらず、降り積もった雪がその光と共にもれだす喧騒までも呑みこんで、どこの町の夜よりも静まりかえっている。シルフという風の精霊がいるが、夜のエルティボには独特の静寂をつかさどる精霊がいるのではないかと思えるほど、その静けさは無音にもかかわらず神秘的で、ジョシュアの耳には音楽的にすら聞こえた。
 だからだろうか。気がつけば彼は人気がなく、停泊する船もない寂しげな波止場に一人座り、波の音さえ凍らせそうな冬の冷たい風に乗せて小さく口笛を吹いていた。遠くの小さな星明かりなど映しもしない黒々とした海と向き合い、唇から発しているとは思えないほど豊かな音色で、曲名のない孤独な即興音楽を奏でる。時に高く、時に低く、強く、優しく、そしてどこか悲しげに。
「この場に船乗りがいたら、いくらあなたの口笛がどんな笛の音より美しくても、それを止めようとしただろう」
 旋律が途切れた瞬間、突然ジョシュアの背後で少女の声がした。
 しかし、何の気配も前触れもなく発せられたその言葉に、ジョシュアは少しも驚かない――というのも、その声の主はいつだって唐突に、幽霊のように音もなく白いスカートをひるがえして現れるからだ。
「お前がそれをしなかったのは、船乗りではないから?」
 ジョシュアはそう言って雪まじりの向かい風に目を細めながら振り返った。そこには、思った通りいつもの白い服を着た少女が、本物の雪と踊るようにふわりふわりと宙に浮いている。彼女は長い髪をなびかせて、少し不機嫌そうにこう答えた。
「その口笛が、私を呼んだから」
「不満そうだな。そんな姿でも冬の夜風の中に出てくるのは嫌なものなのか?」
 確かに『その姿』――薄いドレス姿では寒そうだけど、と付け足してジョシュアは小さく笑う。これに少女はいっそう機嫌を損ねた顔で答えた。
「言ったはずだ、※私は俳優ではないと。勝手に舞台上に現れることはできない」
「だから呼んだんだ」
 舞台上に呼びつけられたことを彼女は怒っているのであり、そのことはジョシュアにも判っているはずなのだが、彼は悪気などまったくないといった顔で、短く口笛を吹く。それに呼応するかのようにひときわ大きな波が打ち寄せ、砕けた。
「海で口笛を吹くと嵐になるという。夜に吹けば悪魔が来るとも。オレが吹けば幽霊が出る――『呼ばれた』のなら、『勝手に』現れたとは言わないだろう?」
「あなたは意味のないことをしている。いまだに逃げている」
 不機嫌な表情を引っ込め、ジョシュアに今吹きつけている風のように冷たく、鋭く言う少女に対し、今度はジョシュアが眉を寄せる番だった。無意識にそうしてしまったのは、決して身を切るような風の強さだけが原因ではない。
 しかしジョシュアは、顔をしかめた理由が少女の言葉ではなく寒さのせいだというように一度身体をふるわせて、勢いよくその場に立ち上がった。
「そんなことを、よりによって今日言うのは野暮というものだ。だから礼儀知らずな幽霊は嫌われる」
 そう言って少女の方を向いたまま、まるで大勢の観客が見守る大舞台に立った俳優のように堂々と、そして優雅に一礼する。銀色の髪を揺らして上げたその顔にはもう、先ほどのような苦々しい色はない。まさに俳優らしく彼は表情という仮面をつけかえて、微笑をたたえながらおもむろに唇を開いた。そこから高らかな歌声があふれ出す。少女も聞いたことのある、この時期によく歌われる美しい歌だ。それを奏でるのが彼の類まれなる声なら、大金を払ってでも聞きたいと思う者が大勢いるに違いない。
 それが、どうしたわけか、彼女のためだけに歌われている。いや、実際に聞いているのは幽霊のように宙をただよう彼女と、暗い夜空を映したような海と、降り積もった雪、そして空にかかる二つの月だった。彼らは一斉に歌声に聞き入ったかのように、潮騒もたてず、雪が音を吸いこむ静寂の音楽も奏でず、饒舌ではない少女と寡黙な月たちは変わらず沈黙を守る。
 ジョシュアの歌声だけが波音にかき消されることも雪に溶けることもなく響き、やがて静かな余韻を引いて幕を下ろした。
「……どんな気まぐれでこんなことを?」
 『礼儀知らず』の幽霊らしく拍手をすることもせず、少女は不思議そうな顔をしてジョシュアに尋ねる。それに彼はどこか面白がっている様子で、答えではなく疑問を返してきた。
「お前のために歌を歌う者はいないだろう?」
「だから?」
「聖夜の奇跡というのは、平等に起きるべきだ」
 そう言って、ジョシュアは小さく声をあげて笑う。それにつられるように、波の音が歓声となって戻った。それを雪が静かに呑みこんでいく。そんな中でジョシュアの声だけがどこか皮肉っぽく、よく響いた。
「もっとも、これはオレの気まぐれじゃなく、彼らの気まぐれだろう。こんなものを奇跡と呼ぶのは、大げさすぎるから」
 そして空を見上げたジョシュアの視線の先には一番目の月ベイラスと、それに寄り添うようにして赤みがかった金色の光を地上に投げかける二番目の月シエナがあった。神格化される二つの月を、人々は『彼』と呼び、『彼女』と呼ぶ。そんな『彼ら』の気まぐれは、独りで物語を見守り続ける少女と、探し人に会うことのためらいをかかえて迷う少年にささやかな贈り物を届けた。少年だけが持つ至上の歌声と、今その彼に唯一寄り添える少女の、ひと時苦しさをまぎらわせてくれるかすかな笑顔を。



Fin. clap?
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▼注釈
本文中にある※のついたセリフは、実際にチャプター0後半で言われている言葉を指しています。
また、口笛に関しての伝承がTWにもあるかどうかは判りませんが、世界的にある話のようなので、TWにもあるという設定で書かせていただきました。
ジョシュアの口笛の腕前がいかほどかも不明ですが、演奏で失敗したことがないとチャプターで豪語しているので、とても上手に吹けるということにさせていただきました。
何はともあれ、メリークリスマス。皆様も素晴らしい夜を。
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