神と悪魔の祝福

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大分遅刻しましたが、ジョシュアの誕生日を祝して書いた短編です。
実際に書いてみると思ったより長くて遅くなりました。超特急で仕上げたので細かな修正はのちほど……。
物語の大筋はジョシュアの二次スキル「スペードシールド」の習得クエストである「泡沫(うたかた)のロマンス」を下地にしています。
せりふの大半はこちらのクエストから。夢見るカルペさんが輝いてらっしゃる(笑)。
話の流れもほぼ同じですが、読み物として楽しめるよう多少のアレンジを加えております。
舞台となるクラドについては、チャプター小説の方で確か「町」と書いていたように思うのですが、久々に公式サイトのワールドガイドを見たら「村」とあ ったので、作中でも「村」と表記しました。
またクラドにフリーマーケットがある理由や詳細な設定などは私の個人的な解釈であり、公式設定ではありませんのであしからずご了承下さい。
何はともあれ、今年も何とかお祝いできて嬉しいです。
大遅刻でしたが、誕生日おめでとうジョシュア。彼とジョシュア使いの皆様に祝福を。   Hursa
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 ナルビクはアノマラド王国南部にある港湾都市だ。自由貿易港であるため、さまざまな品物とさまざまな国の人々が集い、街は常に活気に満ちている。中でも名物と言っていいほどのにぎわいを見せているのが街郊外にあるフリーマーケットだ。
 遺跡やダンジョンを探索する冒険者たちが持ち帰った、通常の産業では生み出せないような貴重な品々、古代の遺産や宝物までが並ぶとあって、夜になっても立ち寄る人の足が途絶えることがない。そのため、アノマラド王立銀行はナルビクの街中に立派な銀行を構えているにもかかわらず、わざわざフリーマーケット内に支店を出している。フリーマーケットという場所ゆえか、店舗らしい店舗はなく銀行員が立っているだけだが、忙しさは街の中にある支店に負けずとも劣らない。
 そんなフリーマーケット支店の銀行員の一人は若く元気な女性である。
「こんにちは! アノマラド王立銀行ナルビクフリーマーケット支店のディエムです!」
 客にあいさつをするその声につられるように、すぐそばの露店でスペルブックを見ていたジョシュアは顔を上げて銀行員の方を振り返った。
 良く通る声だな、と心の中でつぶやく。
 舞台俳優であるジョシュアは無意識に、彼女の今の声は客席のどのあたりまで聞こえるだろうかと考えていた。
 そんなジョシュアと銀行員の目が合う。
 ディエムという名前らしい彼女は一瞬はっとしたような顔をし、それからにこりと笑って「こんにちは!」とジョシュアに声をかけた。
「こんにちは。代金を払いたいので、SEEDを引き出してもらえますか?」
 彼女の方へ歩み寄り片手に持ったスペルブックを振ってジョシュアが言うと、ディエムはうなずいて手際良く彼の銀行口座から必要なだけの額を引き出してくれた。それを右から左へ、ジョシュアはスペルブックを売っていた露店主に渡す。
「毎度どうも」
「こちらこそ、ありがとう」
 そう言ってジョシュアは、代金を受け取り自分の店へ戻っていく露店主の背を見送った。
 それを一緒に見送ったディエムがちらりとジョシュアの方へ視線を投げ、「あ、あの……」とためらいがちに口を開く。
「時々フリーマーケットにいらしてますよね。……よろしければ私の頼みを聞いてもらえませんか? もちろん、タダでとは言いません」
 ジョシュアはディエムのそんな思わぬ言葉に驚いて再度彼女に顔を向けた。
「私の頼みを聞いてくださったら、とても珍しい本を差し上げます。最近偶然手に入れたものなのですが、私が持っていてもあまり意味がないので……」
 言いながらジョシュアをじっと見つめる目はまるで品定めでもするような様子だったが、やがて彼女はどこか確信を持った口調でさらにこう続けた。
「でもスペルブックをお買いになるあなたのような方がお持ちになれば、きっと役に立つことと思います。よく分かりませんけどね」
 最後の言葉は彼女自身の意思ではなく、別の何かが決定を下したのだとでもいうような語調だ。結末を知らされていない役者が、せりふの意味を知らずに口にしているかのようにも思える。
 何だか奇妙だなと思いながらもジョシュアは興味をひかれて、
「どんな頼みでしょうか?」
 と話をうながした。

 ナルビクのフリーマーケットをあとにしたジョシュアは、今、クラドのフリーマーケットに来ている。
 小さな炭鉱の村であるクラドにナルビクほどの規模ではないもののフリーマーケットがあるのは、ここがサイモペインという貴重な鉱石を産出することで大きな経済力を誇っているからだ。
 もっとも、以前そのサイモペインがよそ者に盗まれるという事件があって以来、旅人など外からやってくる人々に対するクラドの住民の反応は冷たい。すべての村人がそうというわけではないが、「温かい歓迎」は親切がモットーらしい王立銀行のフリーマーケット支店くらいでしか望めない。
 ここの銀行員もナルビクフリーマーケット支店のディエム同様元気で明るく、そして若い女性である。顔まで同じなのは、彼女たちが双子の姉妹だからだ。
 ジョシュアはこのディエムの双子の姉を訪ねて、クラドまでやってきたのだった。
 ディエムがジョシュアにした頼みというのは、彼女の双子の姉カルペのわがままを何でもいいから聞いてやって欲しい、というものである。
 派手好きでカッコイイ男性が大好き、というカルペはアノマラド王国の首都であるケルティカでの華々しい勤務を望んでおり、かなり苦労をして最近それをかなえたのだが、その直後に妹ディエムが地方のナルビクフリーマーケット支店へ転属することが決まったため、妹を一人で地方に送れないとカルペも自らケルティカでの勤めをやめて地方に移ったのだという。そのためにケルティカで会っていたボーイフレンドと疎遠になり、とうとう連絡が途絶えてしまい落ち込んでいた。
 そんなカルペを元気付けるために、「カッコイイ男性にわがままを聞いてもらう」というプレゼントを贈りたい、そしてその役をジョシュアにやって欲しい、というのがディエムの頼みだ。
 面倒ごとには極力かかわらない主義のジョシュアに首を立てに振らせたのは、ディエムの人柄である。
 姉のボーイフレンドはルックスばかりで辛抱強さのないバカな男だったのだと怒り、姉は姉でカッコイイ男性が大好きなバカだと悪態をつきながらも、自分の転勤のせいで姉がボーイフレンドと会えなくなったことや落ち込んでしまったことを気に病んでいるのが気の毒であり、またほほえましくもあった。それに、彼女が報酬にくれると言う本に興味がないわけでもない。
「私が頼んだということは言わないでください。ステキな男性が声をかけてくれたって浮かれるに決まってますが、妹のおつかいと知ったら間違いなく意気消沈しますから。姉のところに行って、どんなにバカな頼みでも真剣に聞いてあげてください」
 そう頼まれ、ジョシュアは苦笑しながらも引き受けたのだった。

 ジョシュアがクラドのフリーマーケットに着くと、彼が声をかけるよりも早くカルペの方がジョシュアの来訪に気付いて歓声をあげた。
「あ〜っ、こんにちは! わあっ、この前一度お会いした方ですよね? 広場の美少年!」
「……そ、それは何ですか? 何だかすごいニックネームですね……」
「広場でロイドさんの頼みで演奏したこと、もうすごいウワサですよ〜!! 聞けなかったのがものすごく残念……」
 そう言ってカルペは心底残念がっている様子で深々とため息をつく。
 彼女が言っているのは、以前ジョシュアがこの村のロイドという自警団員に演奏家をつれてきて欲しいと頼まれた時の話である。怪我をして村へ来られない演奏家の代わりに、ジョシュアが広場で演奏を披露したのだ。音楽や演劇の方面に特に秀でた才を持つ彼の演奏は、小さな村の広場で大喝采を受けた。そしてロイドが元気のない盲目の恋人のためにと所望したその音楽は、見事に彼女の笑顔を取り戻したのだ。
 カルペとはその時に、クラドへ来て最初に会っていた。
 基本的に何かを忘れるということがないジョシュアでなくても、村にやって来たばかりの旅人に明るく親切に話しかけてくれた彼女のことは覚えていただろう。
「あ、カルペさん。オレがお伺いしたのはほかでもなく……。『この前カルペさんの頼みを一つ聞くと約束したからです』」
「うん? そ……そんな約束しましたか?」
 あいさつもそこそこにそう言って用件を切り出したジョシュアへ、カルペは覚えていないと困惑のまなざしを向けた。
 (そりゃあ最初からそんな約束はしていないから、思い出すわけありませんよ)
 心の中でつぶやいたジョシュアは、しかし実際にはそれを声に出して言うことはせず、かわりに「クラドに着いて最初にカルペさんが親切にしてくれたことや――まあ、いろいろの感謝の意味で」と適当な理由を口にした。
 「いろいろの感謝の意味で」とは適当にもほどがあるが、不利益な話ならともかく、他者から何かをしてもらう場合、多くの人はその理由をわざわざ細かく調べて暴こうとは思わない。何かしてくれると言うならしてもらおう、と考えるのが大半だ。
 ジョシュアもカルペにそんな気軽さを期待し、とにかく何か頼みごとをしてもらおうと、品良く笑ってどんな望みでも聞くと食い下がる。
 すると案の定、「覚えていないのが不思議だけど、これはラッキーだわ」とカルペは素直に喜んだ。元々あまり深くものごとを考えるたちではないのかもしれない。どんな頼みをしようかと真剣に悩む無邪気なカルペを見ていてジョシュアはそう思った。
 もっとも、そんな風だから彼女の妹のディエムは心配するのかもしれないが。
 しばらくの間あれやこれやと頼みごとを考えていたカルペは、やがてためらいがちにこう切り出した。
「あ、あの……ちょっと変な頼みかもしれませんが……あの、笑わないでください……。良いですか?」
「笑いません」
「実は〜私、ステキな男性から熱烈なラブコールを受けるのが夢だったんですよ! 物語みたいに!」
「……はい?」
 笑いはしなかったものの、ジョシュアはカルペの言葉の意味をはかりかねてあいまいな笑みを浮かべながら首をかしげた。
 それを見てカルペがあわてて手を振り、「あ、深い意味はありません!」と叫ぶ。
「あの、つまりマネだけですよ。マネだけ! 例えば……うーん。本当に抱えきれないくらいものすごい量の花束をもらうとか……。そういうのです」
「ああ、そういうことですか」
 ロマンティックな芝居や物語のようなシチュエーションを味わってみたい、ということなのだろうと察してジョシュアはうなずいた。
「それでは、大きな花束をお持ちしたら良いでしょうか?」
「はい。とりあえず、そんな感じでお願いします」
「分かりました」
 にこりと笑い、それではとあいさつをして早速花束を用意すべく立ち去ろうとしたジョシュアに、
「待ってますよ〜広場の美少年さま!」
 と、カルペがすっかり浮かれた様子で黄色い声援を送る。
 (……本当にいろんな意味ですごいニックネームだな……)
 苦笑混じりにため息をついて、ジョシュアはフリーマーケットをあとにした。
 そんな彼が花束を抱えて再度フリーマーケットの銀行を訪れたのは、それから数時間後のことだ。高級すぎない花を、しかし上品に大量にまとめてもらうのに結構時間を食ってしまった。
 カルペはジョシュアの姿を見るなり待ちわびた様子で「あら〜帰って来ましたね!」と声をあげる。
 それからうっとりと夢見るような口調でこう続けた。
「私のために準備してきたのですか? その背中に隠したモノ! 隠そうとしても香りは隠せないのに……かわいそうな方」
 そんな芝居がかったセリフ回しに「演劇ごっこ……だろうか。カルペさんも本当に面白い人だな……」とジョシュアは心の中で再び苦笑した。
 しかし演劇なら彼の専門である。
 ジョシュアは悪びれた様子もなく、同じように芝居がかった言い回しで言葉を返した。
「隠そうとしても隠せないものこそ、恋慕の情を伝えるには最もふさわしいプレゼントなのですよ。お嬢さん」
 そう言って花束を差し出す。
「本当に持って来るとは思いませんでした……」
 呆然、というよりは夢見心地といった風にうっとりと、嬉しそうにカルペはつぶやいた。
 色鮮やかな花に目を奪われながらその香りを呼吸と共に楽しみ、吐息をつく。それから少しためらったあと、
「恋慕の情とおっしゃいましたね。恋心は日に日につのるもの。一回でそれを伝えきれるものでしょうか……?」
 とねだるように言ってカルペは背の高いジョシュアを見上げた。
 彼女はまだ芝居を続けるつもりのようだ。
 なるほど、これでは物足りないらしいと察したジョシュアは「そうですね……」とささやいて微笑む。
「明日の同じ時間にもう一度、つのった思いと過ぎた時の数だけ花にかえてお持ちします」

 翌日、ジョシュアは再度花束を持ってカルペのもとを訪れた。花は昨日より上等なものを。数はその倍を。
「いい香りが漂いますね。名前は何かしら? 大きくて素敵な美しい花束……」
 客が途絶えたところでおもむろに差し出された花束を受け取り、カルペは演劇の台本に書かれたような喜びの言葉をこぼした。
 しかし、彼女はこれでも満足というわけではないらしい。
「変に聞こえるでしょうが……。女性は『これが最高』ということを知りながらもそれ以上を望み、相手に無理をさせたくなるみたいです」
 遠慮しながらも、あと少し夢を見ていたいといった表情でカルペが言う。
 ジョシュアもディエムから「どんな頼みでも聞いてやって欲しい」と依頼されてきているので、
「お嬢さんが望むのでしたら構いません。あなたの頼みを聞くためにここにいるんじゃないですか」
 と応じてさらに三日間、彼女の望むままに毎日花束を贈り続けた。
 はじめはあまり高級すぎるとカルペが逆に気にするだろうかとジョシュアは無難な花を選んだが、最高のさらに上を望んでいるらしい彼女に最終的に贈ったのは、貴重な青い薔薇を贅沢にまとめた可能な限り最高級の花束だ。
「こんなに素敵な花束をたくさん……本当にありがとうございます」
 最後の三日目にカルペはそう言って満面の笑みを見せた。
 そして花束とジョシュアを見比べながらしばらく何か思案していたが、やがて意を決した様子で顔を上げ、ジョシュアの黒い瞳をじっと見つめて口を切った。
「あの、明日は花ではなく……その、『海の谷』へ来てくれませんか? デートの申し込みではありません。ただ……」
 カルペはそこで一度言葉を切って「うーん」とつぶやいてから、
「これが最後の頼みですから、理由は聞かずに来てください。海の谷です」
 と、これまでになく真剣な面持ちでくり返した。
「……分かりました」
 そう答えたジョシュアには実のところ何のことかよく分からなかったのだが、最後らしいから望みどおりにしてあげた方が良さそうだ、と考える。
「何度も無理なお願いをして申し訳ありません」
 先ほどまでの嬉しそうな顔に少し陰を落としたカルペの微笑はジョシュアに奇妙な予感を抱かせたが、その正体が一体何であるのか、この時の彼にはまだ分かっていなかった。

 翌日の同じ時間にジョシュアが海の谷へ行くと、普段は人気がなく静かなデートスポットに不穏な空気が満ちていた。きらきらと輝く青い水面と優しく葉をゆらす緑の木々が作る景観には不釣り合いな、黒いローブとフードを全身にまとった怪しげな人影、そしていかめしく武装した複数の兵士の姿が見える。
 彼らはカルペをぐるりと取り囲み、剣呑(けんのん)な口調で彼女にすごんでいた。
「なんだと? ……痛い目にあいたいのか?」
「何度も申し上げますが、私は本当に知りません。あんまりしつこいと人を呼びますよ――あ!」
 絵に描いたような「ヒロインのピンチ」の場面に出くわしたジョシュアはカルペと目が合った瞬間、「ここです! 助けてください!」と求められ、何度目か分からない苦笑混じりのため息をこぼした。
 (ロマンスごっこと言ったが、本格的だな。つまり、『危機に陥ったお嬢さんの救出』……というわけか。お嬢さんたちの憧れる話は、たまに理解できないな……)
「何者だ? 邪魔をするな。どけ」
「……邪魔者は容赦しないぞ!」
 悪役のセリフも定番だ。
 重々しい音を立ててふり返り、武器を構えて威嚇する兵士たちにジョシュアは、小さく笑いかけてこう答えた。
「申し訳ありませんが、今はこれが『オレに与えられた配役』ですから。忠実に遂行しなければ幕を下ろせないんです」
 そしてスモールソードを鞘から引き抜く。
 彼に引き下がる気がないと分かると、兵士たちを指揮しているらしいローブ姿の男が静かな怒りをたたえて叫んだ。
「何をわけの分からないことを! 我々の邪魔をしたことを後悔させてやる!」
 それが合図であったかのように、兵士たちがいっせいにジョシュアへ斬りかかった。
 一方ジョシュアも剣を構えたものの、芝居なので本気で振り回すつもりはない。何合か打ち合えば引き上げるだろうと思い、それらしくしてみせるだけのはずだった。
 だが、最初に斬り込んできた兵士の剣戟の鋭さに彼は息を呑み、攻撃を剣で受け止めるのはやめて、すんでのところでそれをかわした。兵士が振り下ろした片刃の剣がざっくりと勢いよく地面に食い込む。
 カルペが驚いたように小さく悲鳴をあげた。
 ジョシュアの剣はその名の通り刀身が短く小さいので長剣と打ち合うには不利だ。
 間髪入れずに襲いかかってきた他の兵士たちの攻撃も体をひねるようにしてかわす。ジョシュアは長身だが軽装で武器も軽いため、鎧に身を固めた兵士たちよりも動きが早い。まして相手の鎧や武器が本物ならなおさらだ。
「よく考えてみると、芝居にこの武装は大げさすぎだな」
 ジョシュアは心の中でそんなことをつぶやいたあと、背後へ大きく飛びのき兵士から距離をとるのと同時に素早く魔法の詠唱をした。攻撃魔法ではなく、魔力を武器に宿らせるエンチャントだ。
 逃すつもりはないとばかりにさらに斬り込んで来た兵士の剣を流しながら受けた小ぶりの剣が赤く輝き炎をあげる。
 それに兵士がひるんだすきにジョシュアはためらいなく剣を返した。
 狙うは急所ではなく腕。小手におおわれていない関節の部分を斬り付けると、兵士は武器を取り落としてうめいた。
 それに構わずその場できびすを返して、さらに斬りかかって来ていた他の兵士たちに立て続けに剣を振る。火の粉を散らしながら斬撃が飛び、兵士を打ち倒した。
 威力はさほどないが、その気になれば相手に反撃のすきを与えず高速で何段も放つことができる。剣技の一種で、発動時には周囲の魔力ーーマナが反応して普通なら魔法陣が地面に浮かぶが、ジョシュアの撃つ速さではその魔法陣すら出ない。当たれば威力は大きいが速くは振れない相手の武器と違い、ジョシュアが扱うスモールソードだからこそできることだ。獲物が小さいからといって油断できるものではない。
 加えて火のエンチャントがかかっているので、威嚇には充分だった。
 ジョシュアを手ごわい相手だと判断したらしく、黒いローブの男は舌打ちを残してその場からかき消える。それに続いて次々と兵士たちも逃げるようにその場を立ち去った。
「……ありがとうございます。私の『遊び』に合わせてくださって……」
 剣を鞘におさめたジョシュアにそう声をかけたのはもちろんカルペだ。
 胸をなでおろしながら歩み寄る彼女の言葉に眉を上げたジョシュアは、
「あの、どうせ終わったことですから聞きますが、遊びじゃありませんでしたよね? 少なくとも『フィナーレ』は」
 と言って兵士たちが去った方へ視線を投げた。
「カルペさんが『遊び』とおっしゃったのでそう考えましたが、明らかにあの人たちには『殺意』がありました。本物の『敵』でしたよ」
 穏やかに笑みを浮かべてジョシュアが言うと、カルペはやがてアハハと乾いた笑い声をあげて肩をすくめた。
「……バレました? すみません……正直に言ったら来なさそうで……」
 申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしたカルペはジョシュアを見上げ、それからにこりと笑ってこう言った。
「あの、私の頼みを聞いてくれたのって、ディエムの頼みでしょう? ナルビクフリーマーケットにいる私の妹です。あの子だと思いました。まだ私の心配をしてるのかしら……? あの子ったら心配性すぎて問題だわ。私は大丈夫なのに」
「では、襲撃者についてもディエムさんはご存じなんですか? 全部知っててカルペさんのためにオレを送った……ということですか?」
 まさかバレてしまっていたとは、と思いながらジョシュアも笑みを浮かべてそう応じる。
 するとカルペは勢いよく首と手を振って「いいえ」と声をあげた。
「ディエムは知りません! だからディエムに言わないでください」
「え?」
「ディエムったら、最近怪しい本をひとつ手に入れたようなんです。私は骨董品や高価な品物に興味があるので、ディエムが私にも見せてくれたのですが……。私も知らない物でした。本は読めなければそれが何か分かりませんからね。私の読める字ではなかったんですよ。いえ……初めて見る字でした! 見ているだけでも頭が痛くて息が詰まって、とっても不吉でしたよ。だからすごく珍しい物か、すごく不吉な物だと思って、売ってしまうように言ったんですが、ディエムが『資格のある人に渡さなければならない』と言って売りに出さないんです」
「じゃあ……さっきのあの襲撃者たちはその本を狙って……?」
「確かに私たち姉妹は双子で、そっくりですから」
 カルペはそう言ってうなずく。
「ディエムが本を手に入れた後、その本についてちょっと聞いて回ったんです。その情報が漏れたのかどうか分かりませんが、急に怪しい人たちが訪ねて来て、監視されて……今日は決着をつけるつもりで、わざとここに来てみたんです。私はいつも人の多いフリーマーケットにいましたから、少し離れた場所に移れば間違いなく正体を現すと思って」
「その人たちはカルペさんが本を持っていると思ったのですね」
「たぶん……。でも本当に襲撃をするとは思いませんでした。そりゃあ、ちょっとはすごまれたりするかもとは思いましたけど、私は本当に本を持っていないわけですから、あなたがやって来て注意でもしてくれればそれですぐに引き上げると思ったんです。今はあなたが何でも頼みを聞いてくれるし、ちょっとスリルのあるお遊びもできていいかな、なんて……だから、まさかあんなことになるとは考えてもいませんでした。おかしなことに巻き込んでしまい申し訳ありません」
 再度謝るカルペにジョシュアは首を振ってみせた。
 先ほど彼女があげた悲鳴からして、こんな展開を予想していなかったというのは本当だろう、とジョシュアは思う。それを軽率と呼ぶか大胆と呼ぶかは考えないことにして、
「たぶんその本は、ディエムさんがオレにお礼としてくれると言った物でしょう」
 と言った。
「また襲ってきたらもう売ってしまったと言ってください。『資格のある人』に渡したから、そっちの方へ行けと」
「あ……。そうですか、ディエムは『本の主人』を見つけたのですね……」
 少し安心したように笑ってカルペはつぶやく。それから、ディエムには襲撃者たちに関する話はしないで欲しいと彼女は釘を刺した。また無駄に責任を感じるに決まってますから、と。
「そして……ありがとうございました。誕生日や、特別な日でもないのにこんなステキな贈り物をいただけるなんて……本当に幸運ですね。おかげで物語のヒロインになったようでした。きっと一生忘れません」
 そんなカルペの言葉にジョシュアも「喜んでくださって私も嬉しいです」と笑顔で応じ、礼儀正しく別れを告げるとナルビクのフリーマーケットへと足早に向かった。

「こんにちは! ナルビクフリーマーケット支店の……あ!!」
 ジョシュアがフリーマーケットの銀行へ行くと、姉のカルペがそうしたように妹のディエムも彼より先に元気な声をかけてきた。
「帰ってきましたね〜! うわあ、何日もかかりましたね! カルペ姉さんは一体どれだけとんでもない頼みをしたんですか? すごく困ったでしょう? あの、大丈夫ですか? カルペ姉さんはもともとちょっと天然なんですよ〜」
 矢継ぎ早にそう言ってディエムは困ったように笑う。その笑い方もカルペとよく似ていることに気づいて小さく笑みをこぼしながら、ジョシュアは「カルペさん、ご存じでしたよ」と穏やかに言った。
「はい?」
「ディエムさんがオレを送ったということ」
 ジョシュアのこの言葉にディエムは、「えええ」と大げさに声をあげる。
「ば、ばれたんですか? 内緒だと言ったのに、ひどいですよ!」
「とんでもない。オレは何も言ってませんよ」
「そ……そうなんですか……? バカな姉さんのはずなのに鋭いわね……」
 するりとひどい言葉を吐き出したディエムは同情するようにジョシュアに目を向け、「それでどんな頼みをされたんですか?」と尋ねた。
「すご〜く面倒なことでもされたんじゃないですか? 私が送ったということを知って、ひどい目にあわせようと思ったかもしれません。もしそうでしたら本当に申し訳ありません」
「いいえ。面白い方でした。愉快で、妹をとても気遣うお姉さんでしたよ」
 ジョシュアが姉をほめたのが照れくさかったのか、ディエムはやってきた客の対応を手際良くこなしながら肩をいからせ、「双子の姉妹のくせに、姉さんたらまったく……」とぶつぶつ不満を並べるという離れ業をやってのけた。
「私は、姉さんをひとりにしておいたらトラブルでも起こしそうなので、近くにいるんです。姉さんがいなかったら、銀行に就職しなかったかもしれませんよ」
 ディエムはそう言ってふん、と鼻を鳴らすが、利用客に礼を言って見送る時は輝くばかりの笑顔というあたり、さすがアノマラド王立銀行の銀行員である。
 そんな彼女にジョシュアは笑みをこぼしながら言った。
「そうおっしゃいますがディエムさんもいい妹さんじゃないですか。お姉さんをとても気遣う……」
「わ……私のどこが!」
 顔を赤くしてそう叫んだディエムは、足下に置いている荷物の中から本を取り出してジョシュアに押しつけるように手渡した。
「そ、それよりこれがお礼の本です! どうぞ!!」
 読めない題名の書かれた古いその本にジョシュアが触れた途端、視界が白に呑まれる。
 ジョシュアは一瞬めまいのようなものを覚えて危うく倒れそうになるのをその場で何とか踏みとどまった。
 本のページが勝手に開き、頭の中に光を発した文字が恐ろしい速さで流れ込んでくる。それは言葉としての文字ではなく、『記憶』だった。知識という情報ではなく、経験という記憶。
 何かを知っていることと、それを自分で実際にできるということは別の問題だ。知っているだけでは技術にならない。
 だが記憶は、経験はそのまま技術につながる。記憶を与えられるということはつまり、「自分ではやったことがない」のに、どうすればそれができるかが記憶にある経験から「分かる」ということだ。
 (これは……意外だな。『本物』だったんだ。だからこれを狙う者たちがいたのか……)
 古代文字で書かれたそれは、強力な魔法を習得するためのスペルブックだった。そういったものが存在することはジョシュアも知っていたが、実際にお目にかかるのはこれが初めてだ。もちろんそれから魔法を習得することも。
 まさか本の方から記憶を流し込んでくるとは思ってもみなかった。
 (これが、古代の力……?)
 ジョシュアは驚嘆の表情を浮かべてわずかに眉を上げる。
 そんな彼にディエムが心配そうに声をかけた。
「あの……冒険者さま。大丈夫ですか? 何だかつらそうですが……」
 その言葉が終わらないうちにジョシュアの手の中で本が真っ白な炎を噴き、燃え上がる。そしてそれはまたたく間に灰になって潮を含んだ風に飛ばされ、消えてしまった。
「本……本が! あの、大丈夫ですか? ケガはありませんか? ああ、どうしよう〜。姉さんの言う通り不吉なものだったみたい〜!!」
 ディエムはすっかり狼狽(ろうばい)して、頭を抱え叫んだ。カルペの言うとおり、彼女は心配性であるらしい。
 ジョシュアは手のひらにかすかに残った灰をはたき落としながら、
「いいえ。ケガはしてませんのでご心配なく」
 と答えた。
「それに、不吉でもおかしなものでもありません。むしろステキな贈り物をくださって感謝しています」
「本当……ですか?」
 恐る恐るといった様子で顔を上げるディエムにジョシュアは「はい」と言ってうなずいてみせる。
「あの本はディエムさんの想像よりはるかに価値のある物でしたから、そんなに不安な顔をしないでください。そんな顔をしていたらお姉さんも心配するでしょう?」
 そう言ってジョシュアが笑いかけると、ほっとしたようにディエムもほほえんだ。
「……本当にありがとうございます。私が無理なお願いをしたのに聞いてくれて……ありがとうございます」
「感謝しなければならないのはオレの方です。ステキな贈り物をありがとうございます」
 ――そう、まさに予想外のステキな贈り物だ。
 カルペやディエムの言葉を借りるなら、ジョシュアはあのスペルブックの「主人」であり、それを得る資格があったということになる。それが彼のために神の手によって用意されたものなのか、それとも気まぐれに悪魔が人の世界の中へ流し込んだものが偶然たどりついただけなのか、どちらであるかは分からない。またどちらであっても違いはないのかもしれない。
 どういうわけか、今日はジョシュアの誕生日だ。誕生日でも特別な日でもないカルペの平凡な日々に妹から贈り物が届くのだから、神か悪魔が兄弟のいないジョシュアの誕生日を祝ってくれることも、ないとは言い切れない。
 力を使うのは常にその力を持つ者の意思だ。意思を奪って力を行使させるならそれは呪われた、悪魔の力だろうが、そうでなければ神からの祝福か悪魔からの祝福かは、その力を使う者次第である。
「カードはめくってみなければその正体は分からない。また同じカードでも、時と場合によってその性質が変わるーーまるで役者のようだ、と言えば確かにこれはオレ向きの魔法かもしれないな」
 守ったり、傷つけたり。スペルブックに記されていた魔法はそんなものだ。
「え……何かおっしゃいましたか?」
「いえ、何も」
 また不安そうな表情を浮かべるディエムにそう言って、これ以上長居すると彼女はまた何か心配を始めそうだと思ったジョシュアは、
「それでは、オレはこれで失礼します」
 とディエムに背を向けた。
「あなたとお姉さんに、ベイラスとシエナの月の祝福を」

「最近、あの花束を持った彼が来ませんね。そのわりには前よりずっと元気そうだけど」
 ある日、同じ銀行員の一人がカルペにそう言うと彼女はこう答えた。
「あれはお芝居だったからいいんです! 夢はいつか覚めるものでしょう? でも目を開けたまま見た夢は、本物の夢と違って起きた途端に忘れてしまうということがないからいいですね。だからきっとみんな素晴らしい舞台に夢中になるんだわ。いつまでも余韻を楽しめるから」
 それにジョシュアは最高の俳優だ。彼の出る舞台に失敗などあり得ない。
 彼自身の立つ舞台も物語のように素晴らしいものであるようにとカルペはひそかに願った。





Fin. clap?
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